「第164回芥川賞・直木賞」の選考会が開かれ、直木賞に見事輝いた西條奈加さん。
本当におめでとうございます!
今回の受賞は「心淋(うらさび)し川」という作品で受賞しましたね。
とても優しい雰囲気の西條奈加さん。
結婚などはされているのでしょうか。
西條奈加さんはいったいどんな方なのかについて調べたので紹介しますね。
目次
西條奈加は結婚して子どもはいる?
今回直木賞を受賞した西條奈加さん。
結婚していて子どももいるか気になりますよね。
結婚について
西條奈加さんは現在56歳。
結婚されているかどうか気になりましたが、調べてみた所結婚はされていません。
作家というお仕事に全人生をささげていたと思われます。
小学校の卒業文集に、将来の夢に「作家」と書いていますが、もう一つ「結婚して子供二人」と書いていたと言います。
一つの夢はかなったけれど、もう一つの夢はかなわなかった、とインタビューで話していますが、きっと本に囲まれた人生で満足されていたのかもしれませんね。
ただ、西條さんは旅行に行かれるそうで、
子どもについて
西條奈加さんは結婚されていないので、子どもはいません。
子どもはきっと欲しかったのでしょうし、小学生の頃からの夢だったと思いますが、その夢はかなわなかったのですね。
西條さんは「弱い女性が周りにいなかった」と言いますが、それはおそらく、西條さん自身が周りに頼らず自立して夢を追い続けてきたからだと思われます。
強い女性を描いた作品もありますが、それは西條さん自身が強い女性であったからになりますね。
西條さん自身「弱い女性とは言われない」と言いますので、本を書きながらしっかりとこれまでの人生を生き抜いてきた証拠なんでしょうね。
西條奈加(作家)wiki風プロフィール
ここで西條奈加さんのwiki風プロフィールについて紹介していきますね。
西條奈加のwiki風プロフィール
第164回「直木賞」は西條奈加氏『心淋し川』 加藤シゲアキ受賞ならず (ORICON NEWS)https://t.co/w5xjLWmySN pic.twitter.com/nIliJYc6g5
— LINE NEWS (@news_line_me) January 20, 2021
名前:西條奈加(さいじょう なか)
生年月日:1964年11月9日
出身地:北海道中川郡池田町
学歴:東京英語専門学校卒業
西條さんは幼い頃から本を読むことが大好きだったといいます。
ただ、小学生の頃は漠然と「作家になる」と思っていたものの、最初は作家を目指したわけではありませんでした。
高校を卒業した後は、地元の帯広で薬品開発企業の研究アシスタントとして就職。
そこで7年働いた後25歳で上京。
「手に職を」と英語専門学校に入学、翻訳家を目指したんだそうです。
ただ、翻訳家を目指したもののその夢も諦めざるを得なかった西條さんは、その後は貿易業務会社などに13年務めるなど、異例の経歴を持っています。
そして作家として生きていくと決意したのも
「他人の言葉を自分の言葉にするのは私にとっては難しい。ならば、自分で自分の言葉を書いた方が早いだろう」
他人の言葉を形にする翻訳家ではなく、自分の言葉を紡いでいく作家を選んだのには、こんな道筋があったんですね。
その後2005年には「金春屋ゴメス」で「第17回日本ファンタジーノベル大賞」を受賞して作家デビューを果たします。
2012年には「涅槃の雪」で第18回中山義秀文学賞を受賞。
2015年には「まるまるの毬」で第36回吉川英治文学新人賞も受賞しています。
他にも「睦月童」「ごんたくれ」などを執筆。
書記はファンタジー要素が強い時代小説を書いていましたが、今は一般的な時代小説を書いており、その作風には定評があります。
個人的には「わかれ縁」が好きです。
今回の受賞作も、きっとこれからたくさんの人に読まれることでしょうね。
実はアニオタ
西條さんはインドア派で、休みの日はビデオを見て本を読むだけで幸せになれると言います。
特に西條さんはアニメしか見ない「アニオタ」なんだとか。
なんと週に10本から15本くらい、テレビ録画したアニメを見ているそうです。
アニメは昔から好きだったそうで、会社員時代はこのことを周りにバラさないように気をつけていたと言います。
毎日午前9時から午後3時まで小説執を書き、1日平均15枚ほど書くんだといいます。
そして仕事が終わったら、毎日アニメを見る日々を送っているそうです。
「アニメから小説のヒントをもらえる感じもありますから」
と自分の作品にもプラスになるのでやめられないんだそうです。
さすがとしか言えないですね!
西條奈加の家族について
西條さんのご両親はどんな方だったのか、兄弟はいたのかも気になりました。
歯科技工士の父親
西條さんはお父さんが歯科技工士で働いていたと言います。
お母さんは専業主婦でしたが洋裁が得意だったので、要塞を人に教えていたといいます。
また、妹さんが一人いるそうです。
お父さんが両親を早く亡くされていることもあり、「自分で働いてご飯が食べられるようになれば、後は何をやっていい」という考え方だったそうです。
基本放任主義の家族
ご両親は基本放任主義だったそうで、口もお金も出さないことが多かったんだと言います。
そんなこともあり、早くから自立することを自然と意識していたのでしょうね。
そんな家風であったこともあり、妹さんも「お姉ちゃん」とよばずに、名前で呼んでいたといいます。
そんな背景もあって、自分も色々な仕事を経験し、自分の道を掴まれたのでしょうね!
おわりに
今日は直木賞作家の西條奈加さんについて調べてみました!
インドで39度の熱が続き、命がヤバいと思う旅行を経験したこともある西條奈加さん。
これからも素晴らしい作品を描いてほしいですね!
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!