黒川史陽 (智弁和歌山)のプロフィールや家族構成を調査!実力や進路についても

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こんにちは!

いよいよ始まります春の選抜高校野球大会!

注目の選手が続々と登場しています!

私が注目する選手の一人が、智辯和歌山3年生の黒川史陽二塁手!


気になったのでいろいろと調べてみました!

黒川史陽 (智弁和歌山)のプロフィールや家族構成を調査!実力や進路についても

今日はそれについて書いていこうと思います。







 黒川史陽 (智弁和歌山)のプロフィールや経歴を調査!

それでは黒川史陽選手のプロフィールや経歴を調査していきますね!


名前:黒川史陽(くろかわ ふみや)

生年月日:2001年4月17日

出身地:奈良県河合町

身長:182cm

体重:82cm

投打:右投左打

学歴:河合小学校→河合第一中学校→智辯和歌山高等学校

野球はお兄さんがプレイしていたのに影響されて始めたそう。

河合小学校一年生から河合フレンズに所属し、遊撃手として実力を磨いていました。

河合第一中学校時代には泉州阪堺ボーイズで三塁手、右翼守として活躍していました。

中学3年生夏には全国出場。

NOMOジャパンにも選ばれ、なんとキャプテンとしてチームをまとめました。

当時は「関西NO.1のスラッガーとして注目を集めていましたね!

智辯和歌山に入ると1年時でなんといきなり3番の大抜擢!

いかに実力があるかわかりますね!

ただ、昨年8月の首相就任直後、左手首を負傷し、秋の県大会前半はベンチで声を振り絞ることしかできなかったそう。

急ピッチで間に合わせ、県大会以降半から準決勝まで7試合に出場することができています。

高校では春夏連覇を目標に掲げ、アウトにならないバッティングを目指して頑張っているんですね。

黒川史陽 (智弁和歌山)の家族構成を調査!

黒川選手の家族構成も気になりますよね。

黒川選手は3兄弟の真ん中です。

父親は上宮高校時代の1993年にセンバツを制したこともある黒川洋介さん。

当時キャプテンとしてチームを引っ張っていった人です。

そして同志社大学に進学し、卒業後はミキハウス、セガサミーなどの社会人野球でもコーチを務められていたそうです。

お母さんの情報はありませんでしたが、お兄さんは大雅(たいが)さん。

日南学園の野球部に所属し、2016年には春と夏の甲子園に出場しています。

弟さんもきっと野球をされているのでしょうね!

こちらは引き続き調査していきますね!




黒川史陽 (智弁和歌山)の実力を調査!

黒川さんは物心ついたころからバットを振っていたそうです。

社会人野球のコーチをされていたお父さんからの指導でめきめきと実力を上げていったといいます。

今年の冬は一日1000スイングのノルマを自分に課し、さらにただ振るのではなく考えながら振っているそうです。

実力に関しては勝負強さが光り、サヨナラの場面でしっかりと打てる運も持っています。

それはひとえに練習量や野球に取り組む姿勢なのでしょうね。

4年前のOB選手、山本龍河選手を見て智辯和歌山に入ろうと決意した黒川選手。

中谷コーチも、僕が知っている中でもNo.1の練習量や取り組む姿勢ができている」と評価しています。


特に左中間へは打球が伸び、引っ張ってもよく伸びる選手なので、監督からの信頼も絶大です。

球をとらえるセンスが抜群にすごいとの評価もありますし、確実に

進路はどうするのか予想!

進路もどうするのか気になりますよね。

将来の夢は「一流のプロ野球選手になることです!」とインタビューで話していることから、試合の結果次第ではプロを目指すかもしれませんね。

野球家族の黒川選手なので、プロ野球選手になりたい!と話しても応援してくれそうですよね!

今後の試合結果次第なところもありますので、今後の試合に注目しましょう!

まとめ

いかがでしたか?

「平日は6時間ほど、休日は7時間ほど練習に打ち込み、休みは不定で年末年始の5日くらいしかゆっくり休める時がないくらい、野球に打ち込んでいる黒川選手。

甲子園への熱意は誰にも負けないことでしょうね!


努力の成果がこの大会で発揮できるよう、これからも応援していきましょう!

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!









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